近代に入って初めて建造されたヴァア・カウルア(ハワイ式双胴カヌー)、ホークーレア号は4年をかけて環太平洋を巡る予定の〈モアナヌイアーケア〉の航海に出たが、半年もたたないうちにハワイに戻ってきた。2023年8月8日にマウイ島ラハイナに壊滅的な被害をおよぼした火災のあとで、人々を力づけ、団結の精神を示したいという乗組員たちの声を受け、暫定的に船長を務めていたポリネシア航海協会の会長、ナイノア・トンプソンさんが苦渋の決断を下した結果だ。
ハワイ語で不屈を意味する”ホオマウ”の精神のもと、ポリネシア航海協会はやがて〈モアナヌイアーケア〉の航海を再開した。だが、果てしなく広い世界へと再び船出する前に、きちんと別れを告げる必要があった。誇り高きヴァア・カウルア、ホークーレア号は、火災からちょうど1年後の2024年8月8日にラハイナに寄港し、その後、7ヶ月かけてオアフ島ウエストサイドの数カ所を含め、ハワイ各地の31の港を巡る〈パエ・アーイナ・ステイトワイド・セイル〉に出航した。
「〈パエ・アーイナ〉は、ハワイ古来の航海のあり方を再現しているんです」ワイアナエ出身でホークーレア号の乗組員としてハワイ各島を訪れているアイゼア・プレさんは語る。「ハワイアンは、航海に出て新しい土地を発見する前に、必ず自分たちの島の安全を確かめたんです」
プレさんは7年生(中学1年生)のときに初めてポリネシア流の航海術に触れた。通っていた私立の小中高一貫校、カマイレ・アカデミーがポーカイー湾で校外授業を行った際に、1982年に建造された全長約14メートルのヴァア・カウルア、エ・アラ号の航海士たちと交流する機会を得たのだ。「クルーの人たちの話を聞いて、エ・アラ号も自分もワイアナエに属しているんだと気づき、自分とこの場所とのつながりをそれまでよりずっと強く感じたんです。それ以来、もっと学びたいという思いは募るばかりでした」
ネイティブ・ハワイアンによる非営利団体として、エ・アラ号の船上で航海術を教えるエ・アラ航海術アカデミーのエグゼクティブディレクターでもあるプレさんは、〈パエ・アーイナ〉の航海中、ホークーレア号がウエストサイド各地に寄港する際のイベントなどの準備にもたずさわってきた。近代的なテクノロジーを使わず、自然の目印や方法だけを使って果てしない大海原を旅するポリネシア古来の航海術。コ・オリナ、ワイアナエのポーカイー湾、マーカハ、そしてナーナークリで、周辺の人々は家族そろってホークーレア号の熟練の航海士たちから直接、航海の手ほどきを受ける機会に恵まれた。
エ・アラ号は現在修復中のため〈パエ・アーイナ〉のイベントには登場しなかったが、ウエストサイドの住民たちはホークーレア号だけでなく、青少年向けの海の安全や保護を中心に活動する団体、ナー・カマ・カイが所有する長さ約10メートルのクーマウ号、ハワイアンの血を受け継ぐ青少年に航海術を教えるカーネフーナーモク航海アカデミーに所属する長さ約9メートルのカーネフーナーモク号、ポリネシア文化センター所有の長さ約8メートルの訓練用ヴァア・カウルア、カー・ウハネ・ホロカイ号など、沿岸部の短い距離を行き来するための小さめのカヌーに乗船した。
「花をひとつひとつ糸に通してつくるレイと同じです。それぞれのコミュニティにはそれぞれのよさがあります」ポリネシア航海協会の見習い航海士、カイ・ホシジョウさんは今回の〈パエ・アーイナ〉の航海でホークーレア号に乗船し、ウエストサイド各地に寄港した。ポーカイー湾では、ハワイ独自の文化にもとづいて海に関する学びの場を提供する各団体が一堂に会して毎年行う〈ホアーケア マウカ・トゥ・マカイ(広がり 山から海へ)〉のイベントが開催され、ホシジョウさんをはじめホークーレア号の乗組員は、600人を超える中学生たちと交流した。
「現代の航海で大切なのは、若い世代が航海用の船に触れる機会を増やし、小さいころからカヌー文化を身近に感じられるように導いて、わたしたちのクリアナ(個人あるいはグループが共同で担う責任)を果たすことなんです」ホシジョウさんは付け加えた。「多くの子供たちがネイティブハワイアンの血を受け継ぐウエストサイドでは、その点が特に重要です。子供たちの親や祖父母の世代は、わたしたちが生まれる前からホークーレア号に親しんでいます。そうした人々はある意味でクルー同然ですから、彼らの話に耳を傾け、彼らの物語を知ることも大切だと思います」
2025年夏、ホークーレア号とそのシスターカヌー、ヒキアナリア号は世界に向けて〈モアナヌイアーケ〉の旅を再開する。予定では、ハワイに戻るのは2028年。つい先日〈パエ・アーイナ・ステイトワイド・セイル〉を終えたホークーレア号が次にウエストサイドを再び訪れるのは数年先になるだろう。プレさんもホシジョウさんも、〈モアナヌイアーケア〉航海中、いくつかの航路で乗組員として参加する準備を進めている。航海中、将来の航海士たちの胸に、いつか自分たちのあとに続こうと思うような記憶を刻めればいいと願っているそうだ。「熱心なまなざしでカヌーを見つめる子供たちの姿がかつての自分と重なって胸が熱くなります」プレさんは語る。「ホークーレア号は、若い世代の青少年が、海の上だけでなく日々の暮らしなかで試練に直面したときにも、それを乗り越える力を育んでいるんです」